第13回SUN-IN未来ウオーク(番外編)
さて、SUN-IN未来ウオークは昨年も参加していて
今年が2回目の参加です。(昨年のBlog参照)
その時に「倉吉線鉄道記念館」に寄らずに帰ってしまいました
今年は2日目を20kmのコースにして
少し時間的に余裕を作っておき、必ず寄る事にしました
そうしたら、20kmのコースですぐそばを通るので
ゴール前に立ち寄ることにしました
旧国鉄倉吉線の打吹駅の跡地に1991年に建てたようです
記念館の隣にはC1175が静態保存されています
屋根が無い状態での保存ですが綺麗な状態です
しかし、このC1175は、川崎車両で昭和10年に製造
大阪の宮原機関区に配属、昭和16年に米子機関区に
転属となり、主に福知山線や境線で活躍していたようです
(なので倉吉線を走った事は無いと思われます)
では「倉吉線鉄道記念館」の中に入りましょう
開館時間はありますが、職員等はおらず無人です
中の電気(照明)も、入館者が点けて、帰りに消灯する
完全セルフサービスです(もちろん入館無料です)
空調もあるのか不明ですが、換気もないので
天気の良かったこの日は、内部は蒸し暑かったです
入口の正面には、倉吉線で使用されていた
ポイントの機器や記念のヘッドマークなどが目に入ります
右手には、貨物入替用のディーゼル機関車が
建物一杯に鎮座しています
左手は、当時の木製ベンチでしょうか?
休憩スペースになっています
そして周囲の壁には、当時の写真パネルが
ぐるりと展示されており、往年を偲ぶ事が出来ます
(ここの写真は著作権も不明ですので割愛します)
倉吉市市制40周年の記念で開催された
「フルーツコレクション倉吉93」の期間中に
毎日走った「なっちゃん号・フルーツライナー」に
掲出されていたとの説明がありました
(岩見・鳥取~倉吉~出雲市を走ったようです)
それと地元の倉吉東高校が第60回選抜高校野球に
出場した際の応援列車に掲出されたと思われる
ヘッドマークです
赤瓦・白壁土蔵群の町並みからは
少しだけ離れているので、訪問者もあまりないのでは?
たまたま、私が出るのと入れ替わりに
地元の人(もしかすると、巡回で点検に来た人)が入って来ました
何故か、案内地図では「線」が抜けて「倉吉鉄道記念館」とあります
さて、次は倉吉駅3番線ホームへ移ります
倉吉駅は平成23年1月に改築されて、橋上化されました
旧駅舎は100年からの歴史ある建物でした
その旧駅舎の跨線橋で使用していた橋脚が
モニュメントとして保存されています
石碑は、読めないと書きましたが
奥の方はたぶん「鉄路開通の碑」と旧字体で
刻まれているように読めます
明治36年12月の日付があります
倉吉駅の歴史は少し複雑です
明治36年12月20日が倉吉駅(初代)開業日です
しかし、明治45年に倉吉軽便線(のちの倉吉線)の開通前に
上井駅に改称し、倉吉駅の名前は町の中心部にある
駅に譲られます(2代目倉吉駅)
その後、昭和47年に倉吉駅(3代目)として戻り
2代目倉吉駅は打吹駅と改称されることになり、
昭和60年の倉吉線の廃止により駅も廃止されました
もうひとつは「建碑費寄付者芳名」とあります
開通の碑を建立する費用を寄付した方々の
名前が刻まれているようです
残念なことに、どちらの石碑も基礎を
動かせなかったのか、下の方の一部分は、
ホームのアスファルトに埋められてます
跨線橋は歴史的にも建築物としても
明治の貴重なものでしたので保存の動きが強く
ラーメン構造の支えと窓は、弁天町の交通科学博物館で
保存されているそうです
たまには鉄ちゃん活動も。。
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